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エアリアルのエアリーな毎日

こんにちは。簡単に日記や最近の気になる話題について書きます。エアリアルは好きなお菓子の名前です。

今までの人生22年間を振り返っての雑感と、今後の抱負

今までの人生22年間を振り返っての雑感と今後の抱負について述べる。

私は父、母、妹の4人家族である。実家は自営業である。だから家がクソ忙しかった。

忙しかったのはそんなに小学校のときとか業績がよくなかったからと思う。毎日倹約生活だった。ハンバーグとか食べたことなかった。母、妹と3人で頑張ってきた所もある(父が忙しかったので)。

父親という人は、酒乱で人が飲めば豹変するし、休みなしで仕事が忙しく、我々こどもに全くノータッチだなあと思うときもあったが、

父の自営業を経営しながら勉強に集中できる環境を用意してくれていたところや、経営を信念を曲げずに行っていたことは尊敬に値する。

父に恨みを持ったときもあったが、同じ人間だからお互いに許し合うような寛大な気持ちが必要だから今はそんな気持ちはない。

かれこれ22年間生きてきて私が生きている実感を感じるのは、人を喜ばせている時である。

小学生の頃から、周囲に見せる雰囲気と自分の見せていない別の内面のギャップを見せたくて、普段は真面目に勉強しているような生徒だったが、事あるごとに芸を見せたり、役者になったりやっていた。

このときから自分の殻を破る事に快感を覚えていた。「やるからには爪痕残してやろう」とか割と生意気な事を考えていた。小学生ながら、サービス精神旺盛だったと思う。

中学校の時は、それに加え、普段の生活でも「相手が喜んでくれると、自分が嬉しい」という思いで何か出来ることをして喜んでもらいたいと思って生活していた。当時から喜んでくれる相手がいる環境には恵まれていたと思う。田舎に住んでて良かったと思うところだ。

でも、中学ではそんなこと思いつつ、最近まで 「自分はどこまでも幸せになれない」 と思っていた。幸せに限らず、何でも評価基準は相手にあると思っていたからである。

評価基準が相手にあると、詳細を見ていてくれる事もまれにあるけど、基本は客観的な基準によって判断するから辛い事だと思う。でもそれは間違いである。それなら自分を知っているのは自分だから(知らないのも自分) ありのままの姿で勝負した方が幸せにつながると思う。

高校の時は、数学研究会に所属し、子供向け数学教室は多面体のクラフト、ポスター展示など自分たち主導で行った。凄く楽しかった。相手に分からないものをいかに共感してもらえるように作ることが出来るかとか、凄くワクワクする文化祭だった。

大学の時は、フェアトレードの普及委員会に所属し、発展途上国の商品を仕入れ、大学の生協で中規模でワゴン販売を行った。その時には売れることがフェアトレード商品の認知に繋がると考え、良いものを厳選し、発展途上国の商品でも妥協せずに仕入れ商品そのものの良さを伝えるように努力した。フェアトレードの課題と現実も知ることができ、とてもいい経験になった。

今思うのが失敗は繰り返さないように原因を突き止めるべきである。

高校受験と大学受験に失敗した。

自己管理能力が足りず臨機応変にスケジュールが組めず手薄になっていた箇所があった。

また経験のなさと見識の狭さが原因だったと思う。当時は「受験失敗したら人生終わり」のようなことばっかり考えていた。あと単純に情報不足なところもあった。

この22年間を振り返るととても辛いこともあったけど、自分が勉強してきた努力で実現してきたことも多かったから、

人生をまあまあ楽しむことが出来ている。辛くも楽しくも。

今、自分の人生を生きている感じがしている。

これからは、幸せに包まれるような良い世界にしたい。老若男女問わず人を幸せにしたい。そして人やモノの魅力を伝えられるような人間になりたい。